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民生委員制度について

民生委員制度は、大正6年(1917)に岡山県で創設された済世顧問制度に始まります。

大正5年(1916)、宮中における地方長官会議の場において、岡山県知事であった笠井信一氏は、大正天皇から「県下の貧しい人々の状況はどうか」とのご下問を受けました。笠井知事はただちに県内の実情を調査し、その結果、悲惨な生活状態にある県民が1割にも達していることがわかりました。
このため、救済についての研究を日夜重ね、ドイツのエルバーフェルト市(現ヴッパータール市)とライプチヒ市の救貧委員制度を参考にして、翌大正6年に済世顧問設置規程を設け、民間の篤志家を済世顧問に委嘱しました。これが民生委員制度の源といわれています。

済世顧問制度が生まれた翌大正7年(1918)、大阪府の知事であった林市蔵氏は、夕刊を売っている40歳くらいの母親と小さい女の子の貧しい生活を知ったことで、管内のいくつかの方面(地域)に委員を置き、生活状況の調査と救済にあたりました。これが方面委員制度の始まりです。本県では、大正15年(1926)に1市8町に30名の方面委員が委嘱され、方面委員制度がスタートしました。
その後、昭和11年(1936)に交付された方面委員令によって全国的な制度として広まりました。昭和23年(1948)には民生委員法が制定され、現在の制度の基盤がつくられました。

大正6年(1917年) 岡山県で「済世顧問制度」が発足
大正7年(1918年) 大阪府で「方面委員制度」が発足
大正15年(1926年) 茨城県で方面委員設置
昭和11年(1936年) 方面委員令公布
昭和13年(1938年) 厚生省設置、社会事業法公布
昭和21年(1946年) 民生委員令公布(方面委員は民生委員と改称)
昭和22年(1947年) 児童福祉法公布(民生委員は児童委員に充てられる)
茨城県民生委員連盟設立
昭和23年(1948年) 民生委員法公布
昭和26年(1951年) 民生委員信条制定
中央社会福祉協議会設立
昭和29年(1954年) 茨城県民生常務委員協議会設立
茨城県民生委員協議会に改称
昭和51年(1976年) 茨城県民生委員児童委員協議会の財団法人認可
平成6年(1994年) 主任児童委員の創設
平成12年(2000年) 民生委員法改正
平成18年(2006年) 民生委員・児童委員発 災害時一人も見逃さない運動
平成19年(2007年) 民生委員制度創設90周年
平成25年(2013年)

「財団法人茨城県民生委員児童委員協議会」が「一般財団法人」に移行

平成29年(2017年)

民生委員制度創設100周年